東京高等裁判所 昭和28年(う)4229号 判決
被告人 井戸令吉
〔抄 録〕
論旨第一点について。
原判決が、その判示第一の事実として、「酒類製造の免許をうけていないにも拘らず、前記工場に於て、海水ガソリン等の混入したアルコールドラム罐入十五本を原料とし、先ずこれを蒸溜し次で水及活性炭素を加えて濾過する方法により、昭和二十二年十二月下旬頃から昭和二十三年三月中頃までの間に海水及びガソリンを除去しおき更に同年四月二日頃から同年七月十八日頃までの間十二回位に亘り必要に応じその内約六石六斗につき錆抜きのため活性炭素を加えて酒過精製し以て酒精分三十六度乃至三十八度位の雑酒(酒税法第十二条所定のもの)約四石六斗を製造し、」と判示していること、及び被告人が、差戻前の第一審第一回公判において、「酒を作つたのではなく不純物の除去を依頼されたのであります従つて単なる加工であります」と供述し、原審の公判においても、これと同趣旨の供述をしていることは、いずれも所論のとおりであつて、原判決援用の関係証拠によれば、被告人が酒類製造の免許を受けていないにもかかわらず、原判示日時場所において、原判示物件を原料とし、原判示の方法を用いて原判示のような酒精分三十六度ないし三十八度位の液体約四石六斗を造つた事実が認められるのであるが、原判決は、これを酒税法第十二条所定の雑酒の製造であると認定しているのに対し、所論は、右は単なる加工であつて雑酒の製造ではないと主張するので、この点につき審究するに、右行為当時施行の酒税法においては、その第二条第一項において、「本法ニ於テ酒類トハアルコール分一度以上ノ飲料ヲ謂フ但シアルコール専売法ノ適用ヲ受クルアルコールヲ除ク」と、第三条において、「酒類ヲ分チテ清酒、合成清酒、濁酒、白酒、味淋、焼酎、麦酒、果実酒及雑酒トス」と、第十二条において、「本法ニ於テ雑酒トハ清酒、合成清酒、濁酒、白酒、味淋、焼酎、麦酒及果実酒以外ノ酒類ヲ謂フ」と各規定されており、アルコール専売法第二条には、「本法ニ於テアルコールトハアルコール分九十度以上ノアルコールヲ謂フ」と規定されておるところ、原判決挙示の関係証拠によるときは、本件において精製された前掲液体は、アルコール分一度以上で且つ飲料となし得るものであり、しかも、アルコール専売法の適用を受けないものであつて、清酒、合成清酒、濁酒、白酒、味淋、焼酎、麦酒及び果実酒のいずれにもあたらないものであることが認められるのであるから、結局酒税法第十二条所定の雑酒に該当するものと認めるのが相当であると考えられる。そこで進んで、被告人の前掲行為が、右雑酒の製造に該当するかどうかの点に関する証拠関係を検討するに、差戻前の第一審における鑑定人桑田勉の鑑定の結果及び原審における鑑定人宮木高明の鑑定の結果によると、原判決の認定した前示のような工程は、いずれも酒類の製造ではなくて、「精製・分離」又は「加工」であるということになつているのに対し、差戻前の第一審における鑑定人鈴木明治の鑑定の結果及び原審における鑑定人有地一心の鑑定の結果によれば、いずれも前示のような工程は、酒類の製造にあたるということになつているので、一見あたかも両者の鑑定の結果が、消極と積極との二説に分れたかのような観がないでもないが、しかし、右鑑定の内容を仔細に検討してみると、前者即ち桑田、宮木両鑑定人の鑑定は、いずれも酒類の製造なる概念を、専ら工業上の観点から説明しているのに対し、後者即ち鈴木、有地両鑑定人の鑑定は、いずれも酒類の製造なる概念を、酒税法上のみより説明しているものであることが認められるのであつて、両者は、それぞれ異つた観点から鑑定したものと考えられるのである。ところで、本件においては、被告人の前掲所為が、果して酒税法違反となるかどうかの点が問題となつているのであつて、工業上における酒類の製造なる概念については、直接これを究明するの必要がない訳であるから、酒税法上の観点より酒類の製造に該当するかどうかの点につき鑑定した右鈴木、有地両鑑定人の鑑定の結果によつてこれを判断すべきであり、工業上の観点のみより鑑定した前示桑田、宮木両鑑定人の鑑定の結果は、本件においてはこれを採用するに適しないものといわなければならない。これはけだし、酒税法というような特殊の目的をもつて制定された取締法規の適用の面からすれば、等しく酒類の製造なる概念にしても、その立法の精神に適合するように合目的的に解釈されねばならぬと考えられるからである。而して、右鈴木、有地両鑑定人の鑑定の結果によるときは、原判示第一の被告人の前掲所為は、酒税法上酒類の製造にあたるものと認めえられるのであるから、原判決が、所論主張の前記桑田、宮木両鑑定人の鑑定の結果を採用することなく、右鈴木、有地両鑑定人の鑑定の結果を採用し、これと原判決挙示の他の関係証拠とをそう合して、原判示第一の事実を認定したことは相当であるというべく、原判決には、この点につき経験則の違背も採証法則違反も認められない。
所論は、変味味淋の除酸除濁に関する昭和三年一月三十一日の大審院判例を引用して、原判決が該判例に違反する旨主張するけれども、右の判例は、免許を受けている味淋製造業者が、変味味淋に対し、その保存行為として、除酸除濁の加工を施した場合に関するものであつて、酒類製造の免許を受けない被告人が、飲料でない原料に加工を施して、アルコール分一度以上の飲料を製造した本件の場合には適切でないから原判決が右判例の趣旨に違反するとの所論は到底採用に値しない。
なお、記録を精査し、且つ当審における事実取調の結果をも参酌して検討考察してみても、原判示第一の事実につき原判決の認定が誤つているものとは考えられないから、論旨はすべて理由がない。